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ウクレレ
マジェスィウクレレ


Majesty Ukuleles
Handmade in British Columbia Canada

幼少期の私は、友達と野球をしたり、遊んだりする時以外は大半の時間をギター工場内をうろついたり、ゴミ箱からのTone Woodのはしくれで工作を楽しんでいました。
私の伯父は岐阜県で世界的な有名なギター工場を営んでおり、父はその工場のチーフクラフトマンとして世界中のミュージシャンのカスタムギターを2002年までの42年間手掛けてきました。
父はウイークディのみならず、週末も工場でギターを製作していたので、私も一緒に出かけて自分の身長よりも大きいアコースティックギターを眺めながら、日本の「のこぎり」や「かなづち」を使って工作をしていました。
Thank you for taking the time to visit my website.
I would like to tell you about my background.
17歳の頃の私は、音楽に夢中になり、私の興味は「ギタリスト」、「ギター」に注がれ、それと同時にその仕事に関わっている父親を深く尊敬するようになりました。
20歳の時に、伯父の仕事に付き添いとして初めてロサンゼルスに訪れた時の衝撃はすざましいものでした。雑誌、CDでしか知らなかった世界を実体験したのですから・・・。
文化、食べ物、言葉全てに感銘を受けた私は「いつかノースアメリカに住んでみたい」と思うようになりました。
大学を卒業した私は、一般企業に就職し、サラリーマンの道に入りました。
しかし既にギター、木工に興味があった私は「後悔のない人生を送りたい、自分自身の夢を実現したい」という思いがだんだんと強くなり、仕事が休みの週末には伯父のギター工場の一角で木工作業を始めるようになりました。
しかし最初から私の父は楽器を作ることは許してくれず、木工機械を触ることでさえできませんでした。私に与えられたのは「ワークベンチ」と「のこぎり」、「のみ」、「かんな」などの伝統的な道具だけでした。
豪華なギター用材料(マホガニー、ローズウッド、スプルス)の切れ端を使って、鉛筆立て、宝石箱、まな板、下駄などいろいろな物をハンドツールのみで製作しました。今振り返ると、この頃の経験が今の私の製作スタイルに役立っていると感じます。
ハンドツールの使い方をマスターした私は、生涯初の楽器製作を始めました。
それが「ウクレレ」だったのです。
何故「ギター」ではなく、「ウクレレ」なのか?父曰く、「ウクレレ製作はシンプルに見えるが奥深く、ギターの製作の基本が詰まっている」ということでした。
完成した時の興奮と喜びは、今でも忘れません。これを機に私は勤めていた会社を辞め、楽器製作者として生きる決心をしました。
1996年12月、「アコースティックギターブック4」の特集記事「Larrivee Guitars」を読んだ私は、伝統的な手法とテクノロジーを兼ね備えた、カナダのギター工場を自分の目で見て見たいと思い、自作のウクレレを持参しカナダ、バンクーバーに3ヶ月滞在しました。
Jean Larriveeがウクレレ製作を計画していたこともあり、彼と幸運にも会話する機会を得て、週2回の工場見学を通じて日本の多くの楽器製作家とは違ったギター作りの方法論を学ぶことができました。それと同時に、「ここで1年でもいいから働いてみたい!」と思うようになりました。
帰国後「Larrivee Guitars」で働くことを望んだ私は、1年間働きながらカナダに滞在できる、「ワーキングホリデービザ」の申請をしつつ、岐阜の伯父が経営するギターメーカーで仕事に精を出しました。ここでは日本の熟練職人の手作業を目のあたりにしつつ、フレット打ちのエキスパートとして、全てのギターのフィンガーボードを仕上げました。
1999年、幸運にも1年間の「ワーキングホリデービザ」を取得した私は、「Larrivee Gutars」で働くことができました。芸術的なインレイ、CNCマシーンなどに驚き、自分が働きながら毎日工場見学してるような気分で、他のセクションの職人と情報交換し、ギター製作を通じて多くの友人を作ることができました。
そして世界最高峰のスプルス、メープルがそびえたち、楽器製作の理想的な環境といわれる湿度を保つバンクーバーで、楽器の全てを学びたいという思いが募り、カナダ永住権の申請へと進んでいきました。
2001年1月、日本に帰国後、「Majesty」ブランドを設立。
ハワイにてウクレレ用の木材「コア」の選定、買い付けをする。


自宅裏にShopをかまえ、月産4本、約20種類の完全手工ウクレレ製作を始める。
2002年6月、カナダ、バンクーバーに移転。 「Paragon Guitars」の工房の一角でで製作を開始。



2003年11月、バンクーバー国際空港近くに、独立工房を構える。



ウクレレ製作は私の人生にいくつかのドアを与えてくれました。日本でもカナダでも、そして国籍に関係なく私のウクレレを見た人は皆、笑顔で接してくれます。
ウクレレを通じて知り合った人は友人となり、(私の妻もその一人です!)これからもその関係を大切にしつつ、新たな出会いがあることにワクワクしています。


今後はマンドリン、ギターも製作する予定ですが、これからもずっと私は「ウクレレ」を製作し続けます。その理由?初めてウクレレを完成させたその日から心に安らぎを与えてくれるウクレレの音に「とりこ」になってしまったからです。今日も明日もこれからも更なる「気持ちいい音」を探求し続けます。
私のウクレレが海辺での思い出に、一番大切な人へのメッセージに、そしてその音を聞いた全ての人がHappy!!になれる音を創ることが、私の永遠の目標です。
製作者について
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